磯崎自身がはじめて記述した「建築論」の領域の柱となるエッセイの一つ。「闇の空
間」のなかの一つに谷崎潤一郎が著した「陰翳礼賛」をめぐる空間論が展開されている。
この著なかで谷崎は、日本の建築空間がすぐれて"闇"そのものにひたっており、その闇
のなかにきらめく光のつくる陰翳こそが空間を際立たせ、特徴づけられるという。磯崎
は、谷崎の日本の建築空間への鋭い洞察力と光と影がつくりだす陰翳を発掘した点に敬
意を払っているものの、谷崎が陰翳を礼賛するあまり、近代的生活道具を否定し、伝統
的なものへの郷愁をむき出しにすることを好まないという。
また磯崎は、そこからヨーロッパと日本の建築空間を比較し、ヨーロッパの建築空間で
は光と影は対立するものであり、各々が独立して空間をつくりあげるが、日本の建築空
間を、陰翳の分布としてとらえ、影とは闇をよぎる光がつくりあげるものだと言ってい
る。要するに、日本の建築空間は闇に支配され、その闇の中に光りが明滅するときに現
象するという。